tom__bo’s Blog

情報系学生が筋トレしたり、筋トレしたり筋トレしたことを書くブログ。もはやダイアリー

理科系の作文技術 読んだ

最近は論文を書いて、教授からびっしり修正が入った原稿がかえってくるというのを何度か繰り返している。
基本的にサーベイする論文は英語なので、(日本語のも読めという話)論文の書き方のメンタルモデルがきっちり出来上がってないということもある。しかし、振り返ってみると論文どころか作文レベルで文章がかけていないこともあって反省した。

考えてみれば、自分の書いた文章を文法レベルで他人に構成してもらうのは中学生の頃が最後だった。
ということで、前からid:y_uukiさんが参考にしていると言っていたy_uukiさんのYAPC発表の報告記事「理科系の作文技術を読んだ。


読みながらメモした程度のもので、本で学んだことは反映されてませんw

概要

理科系の作文技術の要素として
・内容の精選
・事実と意見の区別
・記述の順序
・明解、簡潔な文章
について特に論文や説明書を書くときに気をつけるべきことを重点に解説されている

理科系の作文技術とは

学生や研究者、技術者が論文やレポート、技術的な説明文書を書く際のテクニックのこと。

知識や情報を伝達することを指名とする性質から、理科系の仕事の文書を書く上では
(1) 主題について述べるべき事実と意見を十分に精選し、
(2) それらを事実と意見とを峻別しながら、順序良く、明快・簡潔に記述する
ことが必要になる

特に書いた文書を読む人間は研究や仕事でその文書を「読むべきなら、読まなければならない」立場にあることが多いとしている。
なので、文書のあやによって読者に読む気を起こさせる必要はなく、
(1) 読者が呼ぶべきかを迅速・的確に判断する材料を提供し、
(2) 本論に掛かる前に必要な予備知識を提供する
ことが重要としている。

予備知識を提供する点では
(1) 本論の主題となる問題は何か
(2) その問題をなぜ、どんな動機によって取り上げたか
(3) その問題がなぜ重要か
(4) 問題の背景はどんなものか
(5) どういう手段によってその問題を攻めようとするのか
が大切

ジャーナリストの定石

できごとの報告を各立場としてジャーナリストの書き方を参考に上げている。
5W1Hを明らかにするのは当たり前として
ある問題を論じるにはまず、
(1) 何が問題なのか明確にする
(2) それについて確実にわかっていることはどんな点なのかを明らかにする
(3) 今後調べる必要があるのはどんな点なのかを明らかにする

パラグラフ

パラグラフは内容的に連結した幾つかの分の集まりで、全体として1つのトピックについて書かれたもの。
パラグラフは
(1) トピックセンテンスと
(2) トピックセンテンスで要約したことを具体的に、または詳しく述べたものか、
(3) そのパラグラフと他のパラグラフをつなぐもの
で構成されていなければならない。

逆茂木型の文章を書かないように気をつける

修飾節が文の幹となる部分の前に来る日本語の性質のせいで、話の流れが逆向きの茂木型になってしまいやすい。
日本語は、修飾句・修飾節前置型なので、文章の最後まで読まないと文の意味を理解できないことが多い。
例えば、
長い航海を終わって戦隊のペンキもところどころ剥げ落ちた船は、港外で、白波を蹴立ててつかづく検疫のランチの到着を待っている。
のような文章は日本人には読めても、理科系の仕事の文章であるべきではない。
1つ1つの文は、読者が底まで読んだことだけによって理解できるように書かなければならない。

事実と意見をかき分ける(p107)

事実:自然に起こる事象や自然法則、過去に起こった人間の関与した事件などの記述で、然るべきテストや調査によって、客観的に確認できるもの
意見:{推論(inference)・判断(judgment)・意見(opinoion)・確認(conviction)・仮説(hypothesis)・理論(theory)}を含んだもので、〜と考える/想定する/推論する/思う/感じると言った書き方をするもの

事実の記述に「優れた」や「便利な」と言った意見を混入させると事実の記述の客観性を台無しにしてしまう。
「理科系の学生がきちんとした文章を書けないことに不思議はない」(前後の文は省略している)
という書き方は「理科系の学生がきちんとした文章をかけないこと」の部分は事実の記述の書き方をしているが、「不思議はない」は意見の書き方になっている。
意見として文章をまとめるのであれば、「理科系の学生がきちんとした文章を書けないとしても不思議はない」という風にしなければならない。


学会公演の要領

ちょうど査読なしの研究会で発表する機会があったので期待したが、内容は要点を絞ったものだった
読むのではなく話す焦点に、スライドの作り方(射影機みたいなものを使う前提で結構古い)
話の構成、原稿の作り方など参考になる部分もあった。

感想

読んでいて「ああ、確かに国語でやった気がする」とか「英語の作文っぽい授業でやったな」と思うものが多かった
こういう技術を抑えて書くためには、書く前からある程度内容が整理されてなければならないわけで、結果的に自分自身の整理もつきやすくなっていたのになあと参考になった。

「文学的な文章の上手さ」はあえて表現をぼかしたり、筆者に情景を想像させることで人の心を打てることだが、理科系の文章ではこれらを一切無視する。
文章表現の1つの特徴である曖昧さや柔らかさを排除することが政治的配慮の欠如に通じる。

というあたりが一番面白かった。